マレコン通り El Malecón

2018年12月に初めて念願だったキューバを訪れた。
キューバで開催しているイベント「アニメ手裏剣ジャパン」に招待してくれた主催者のマルセルをはじめ、たいへんお世話になりました。キューバ人たちへの感謝の気持ちを込めてこの曲を書きました。日本語とスペイン語で歌っています。

「マレコン通り」 作詞・作曲 池田敬二

カリブ海の島国で ピカピカの友情を見つけたんだ

遠くはなれた 僕とあなたを 一つの歌が結びつけてくれたんだ

また歌いにいくよ  またマレコン通りを一緒に歩こう

あなたの国の一番の魅力は ラム酒でも葉巻でもなく

地球のエメラルドと呼ばれる海の美しさでもない

それはあなた自身の 心の 美しさだ

また歌いにいくよ  またマレコン通りを一緒に歩こう

また歌いにいくよ  またマレコン通りを一緒に歩こう

El Malecón  – Keiji Ikeda

En una isla caribeña  
Encontré una amistad brillante

Una canción nos conectó a los dos 
aunque estábamos tan lejos.

Iré a cantar otra vez 
Caminemos de nuevo por el Malecón

El mayor atractivo de tu país  No es ni ron ni cigarro


Ni la belleza del mar,la que llaman esmeralda de la tierra 

Es la belleza de tu propio corazón



Iré a cantar otra vez 
Caminemos de nuevo por el Malecón

Iré a cantar otra vez Caminemos de nuevo por el Malecón

写真 岩切 等 Photo by Hitoshi Iwakiri

The Malecón – Keiji Ikeda

English translation of the lyrics.

On a Caribbean island

I found a brilliant friendship

A song connected me and you both although we were so far away.

I’m going to sing again 

Let’s walk again on the Malecon

The greatest attraction of your country is neither rum nor cigar 

Nor the beauty of the sea,what they call the earth’s emerald

It’s the beauty of your own heart 

I’m going to sing again

Let’s walk again on the Malecon

YouTubeにPVをアップ

ダウンロード、ストリーミングはこちらから

https://linkco.re/40uf7xV6

風水思想とボブ・ディラン

2016-10-14-19-52-54ボブ・ディランが2016年のノーベル文学賞を受賞した。

平成三年(1992年)の大学時代に恩師である渡邊欣雄先生のゼミで「風水思想のコスモロジー」というレポートを提出した。

熱く風水思想とボブ・ディランについて書いた記憶があったので探してみた。手元にコピーが残っていたので引用します。

最後にゼミのレポートとしては適していないかもしれませんが、アメリカのシンガーソングライターであるボブ・ディランの「風に吹かれて」(Blowin’ in the wind)という1960年代に黒人の公民権運動やベトナム反戦運動のテーマソングであった曲について述べておきたい。20歳という年齢とニューヨークの街と公民権運動、ベトナム反戦運動との出会いが産んだ曲だ。今からちょうど30年前の1962年にディラン自身が作詞・作曲した。

この曲のモチーフになっているのは、人生、政治、戦争、大自然などについての疑問を投げかけ、「友よ、その答えは風の中にある」と各連の末に言い放つというもの。渡邊欣雄先生のもとで風水思想について学ばせていただいている間、いつも私の頭の中でこの「風に吹かれて」が流れていました。こうして「風水思想のコスモロジー」と題して考察を進めていくと、やはり「風水」と「風に吹かれて」は根底でつながっているように感じています。そしてこの「風に吹かれて」が洋の東西を問わず、世界中の人々に愛聴され、受け入れられたということに、今後のエコロジー思想も含めて、一条の希望の光が見て取れるように感じています。

 

 

「加速する変動」キューバのドキュメンタリー映画との邂逅

1989年にはじまった山形国際ドキュメンタリー映画祭は隔年で開催される。

今年は開催年ではない代わりに「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形 in 東京2016」新宿K’s cinema城西国際大学で9月17日(土)から10月7日(金)まで開催している。

学生時代に専攻していたのが異文化研究である文化人類学だったこともあって、テレビのドキュメンタリー番組やドキュメンタリー映画にもともと興味を示し、在学中の1990年代から「ラテンアメリカ映画祭」と銘打った映画祭を見つけては足繁く通っていた。ラテンアメリカの近現代史や「現在(いま)」を注意深く掘り下げることによって「先進国」と呼ばれる国々の傲慢さや世界的な搾取、不平等、矛盾などが明確に映し出されるようになるはずだという直感があった。

昨年の山形国際ドキュメンタリー映画際にも足を運んだがすべての作品を観ることなど不可能に等しい。(ちなみに私が昨年、山形で見た中でのベストは最優秀賞を受賞したチリ映画の「真珠のボタン」。)

だから、こうして山形で出会えなかったドキュメンタリー作品を開催年の翌年に東京で出会うことができるのは貴重な機会だと思って胸が高鳴った。

2016-09-25-16-20-08そして本日、出会うことができたのが「加速する変動」(Accelerated Development – In the Idiom of Santiago Alvarez  )だった。山形国際ドキュメンタリー映画祭では1999年のインターナショナル・コンペティション作品として上映。2011年の山形、2012年の山形 in 東京でも上映。1969年北米コロラド州デンバー生まれのトラヴィス・ウィルカーソン監督がキューバを代表するドキュメンタリー映画作家サンチャゴ・アルヴァレス(1919年〜1998年)の生涯を通 して、キューバだけでなく、ベトナム戦争やアメリカの黒人差別問題など激動の20世紀を描いている素材を使って激動の20世紀を映し出している。音楽の躍動感、リズムと共に常に政治的で時に教示的な 映像が繰り返し観客の心にこれでもかと突き刺してくる。

キューバ映画はドキュメンタリー映画といえども音楽の魔力を存分に活用しているものが多い。この作品もまさに音楽、リズムをフルに活用している。音楽がなかったらこの映画のインパクトは半減していたことだろう。この明るくリズムカルでありながらどこか物憂げで悲しくも感じられる音楽がこの映画に力を与えている。この作品は映画学校などでも教材として使われることが多いようですが末長く、世界中で観られることとなると確信します。映画作品との出会いは、まさに一期一会。生涯忘れないような作品に出会えたことに感謝の念を噛み締めています。

 

 

「月明かりとメキシコインディアン」動画をアップ

ゴールデンウィークに自分が学生時代に専攻した文化人類学へのオマージュとして作詞・作曲した「月明かりとメキシコインディアン」をYouTubeにアップロードしました。

「月明かりとメキシコ インディアン」

文明にも塗りつぶされない 死を前にした恐怖が アスファルトの下に染み込む

狼の瞳の中に浮かぶ メキシコ インディアンは 砂ぼこりの中に消えてしまう

神話の記憶が甦える あたたかな大地よ 失われた祈りが空を舞う

点滅するイルミネーション 道に迷い 途方にくれると 月明かりが闇を照らした

独裁者はペテンがうまくて いかさまを働き コントロールが効かなくなる

神話の記憶が甦える あたたかな大地よ 失われた祈りが空を舞う

「月明かりとメキシコ インディアン」

Ch7qh8HUUAAMTtd.jpg_large今年のゴールデンウィークはインプットとしては本や映画からたくさんのものを吸収すること、そしてアウトプットとしては自分なりに大学時代に専攻した文化人類学へのオマージュを総括するような詞を書き、曲をつけると決めていた。

学生時代に夢中で読んだカルロス・カスタネダやミルチャ・エリアーデ、ラテンアメリカの歴史や文学、チベット密教に関する書物を読み返した。

以下が出来上がった歌詞です。

 

「月明かりとメキシコ インディアン」

文明にも塗りつぶされない 死を前にした恐怖が

アスファルトの下に染み込む

狼の瞳の中に浮かぶ メキシコ インディアンは

砂ぼこりの中に消えてしまう

神話の記憶が甦える

あたたかな大地よ

失われた祈りが空を舞う

点滅するイルミネーション

道に迷い 途方にくれると

月明かりが闇を照らした

独裁者はペテンがうまくて

いかさまを働き

コントロールが効かなくなる

神話の記憶が甦える

あたたかな大地よ

失われた祈りが空を舞う

「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著 世界思想社)

劇団 東京乾電池の芝居を観るために久しぶりに青春時代を過ごした下北沢を訪れた。時間に余裕があったのでお気に入りの本屋B&Bで一冊の本をタイトル買いした。

「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著  世界思想社)。

著者はアフリカ音楽研究を専門にする文化人類学者。 帯にはこのように書かれていた。

これは恋の物語であり、異文化交流の物語である。
アフリカで著者は彼の地の女性アイドル歌手と恋に落ちた。
結婚式は、8日間にわたる壮麗なものだった。
ラヴ・ロマンス風 文化人類学入門

私は大学時代に文化人類学を専攻した。この学問に魅了された。著者である鈴木氏は、大学時代には専攻していなかったとある。学生時代の貧乏放浪旅行を経て、まともに就職はしたくない、もっと世界中をブラブラしてみたい、と文化人類学の大学院を受験したというのだ。 イントロダクションで書かれてこのメッセージは私が文化人類学に描いた理想そのものだ。

私がこの本を書く動機は、人類の多様性を尊重したいからである。
私はさまざまに異なる人々がいっしょに生きることをすばらしいと思う。
本書を読んだことをきっかけに、多様性を受け入れ、「違い」を楽しんでくれる人が増えてくれればと思う。
また妻となるニャマが属していたグリオについての記述が興味深かった。グリオは主に西アフリカのサバンナ地域に居住する民族に多くみられる。三つに身分制度が分かれており、グリオは真ん中にある職人の中にカテゴライズされる。
「ホロン」自由民(王族、貴族、農民、商人など)
「ニャマカラ」職人(鍛冶、皮加工、ジュリ《語り、歌、楽器》→グリオ)
「ジョン」奴隷
興味深かったのはグリオは歴史の語り部として歌ったり、踊ったりする職人であるばかりでなく、言葉を扱う職人として、喧嘩や離婚騒ぎなどが起きた際には仲介し、言葉の交通整理をし、故事やことわざを用いながら当事者の怒りを静めていく役割を持っていること。
 自らの結婚にいたる過程や8日間にもおよぶ結婚式の様子を通過儀礼(分離・過渡・統合)で解説しているところなどは、まさに文化人類学入門書にふさわしい。「親族の基本構造」「西太平洋の遠洋航海者」「贈与論」といった文化人類学の古典の紹介もこうした具体的なケーススタディに付随させると実に理解しやすい。
世界中、そして日本国内でも民族問題やいがみ合いが絶えない。真の意味で人類の多様性を認め合えるような社会を実現させるために人類の英知を無駄にしてはいけないと思う。文化人類学とい学問が目指した理念やグリオのような言葉の職人による紛争を解決する力をどのように養い、発揮するようにすべきかを考えさせてくれた一冊だった。
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性の文化人類学(3)エロティック・コード

あらゆる文化には、性衝動を高めるエロティック・コードなるものが存在する。つまり文化が異なれば何をもってエロティックと感じるか、身体の中でどこを露出すると性的に高揚するかはそれぞれ異なるのである。さらにいえば同じ文化体系の構成員であっても個人差による多様性が生じる。

たとえば日本においても欧米においても兄弟と姉妹が共に食事をとることはいたって「ノーマル」に思えるばかりか家族みんなで食事をとることは家族の平和や絆を象徴しているとされ思える。しかしある社会では共食という行為が夫婦関係の特徴として受けとめられ、夫婦以外の異性との共食は許されず、兄弟と姉妹が共に食事することは近親相姦を連想するものだとして忌避されている。さらに夫婦の共食であっても客人の前では控えるという社会もある。

また身体的な部位によるエロティック・コードによる違いでいえば日本においても欧米社会でも女性の乳房は性的な意味合いを多分に含んでいるが、ニューギニアをはじめとして女性が乳房を露出している社会も多くある。つまり乳房は愛情表現や前戯のための部位ではなく、赤ん坊や育児を連想する身体部位であるとされる。またサモアでは臍に性的高揚を感じるためにビキニ姿の女性などはありえないということになる。一方、イスラム社会のように女性は顔まで覆い隠すような社会もあるし、日本や欧米ではスラックスをはいた女性はスカート姿よりも活動的であり、男性的なイメージで受けとめられることが多いと思われるが、女性の尻、脚線といった身体の形態がスカートよりも強調されるのでスラックスの方がエロティックな服装として小中学校の女性教師はその使用が禁じられている国もある。

日本や欧米では性的魅力を高めようと様々なダイエットが半ば脅迫的に喧伝されたり、スリムな身体であることが魅力的であるとということが前提の価値観になっているようにも感じられる。しかし豊満な身体の方が魅力的であるとする社会では青年期の女性たちが小屋の中に入り、カロリーの高い食事を無理にでも摂取して「魅力的」な身体になろうとしたり、イスラム社会の中では直接オリーブオイルを飲むようなところもある。

こうしたエロティック・コードの違いは文化や社会による違い、つまり共時的な違いばかりではなく、通時的、つまり時代によっても大きく変遷をとげる。たとえば日本の浮世絵や春画を見ても現在のエロティック・コードの尺度から見ると違和感を感じるし、西洋においても数世紀前の絵画に描かれた女性たちは現在の理想的と言われる身体よりも豊満な姿が多いように感じる。

こうしたエロティック・コードがどのように社会で扱われ、モラル、規範といったものが法制度や宗教に組み入れられていったのかというのも興味深い。次回はキリスト教を題材に考察します。

2015-03-22 11.39.44「現代」(1995年3月号 講談社)
特集  性の人類学 読み出したら止まらない知的興奮!

性の文化人類学(2)タブー視されていた性研究の歴史

文化人類学において現地調査(フィールドワーク)にもとづき、現地の人々の性行動を詳細に観察し、記述したパイオニアは人類学以外の分野でも周知のようにポーランド出身のイギリスの人類学者B・マリノフスキー(1884〜1942)である。ニューギニア島の東部沖にあるトロブリアンド諸島社会における思春期の女性の性に対するおおらかな(とマリノフスキーには感じられた)行動を記述した。マリノフスキーの性研究の狙いは、イギリス流の文化人類学の伝統である機能 –構造論を重視する調査方法にある程度則ったものであり、個人の性愛生活の実像を考察した先に、男女の地位に影響を及ぼす社会組織や経済活動といったものに目が向けられていた。つまり性行動に主軸をおき、個人の性生活をめぐる慣習、観念、制度などに留まるのではなく、婚姻、親族組織、世代、儀礼などのそれぞれの要素によって構成される社会の枠組みに研究の主軸がおかれていたのである。しかしながら、実際に性行動についての観察、情報の収集を行ったマリノフスキーはその困難さについて語っている。

いくら性行動に対しておおらかなトロブリアンド諸島の住民たちも「夫婦の性生活について知らせてくれる原住民はいないし、他人の男女の情事などについてちょっとでも口にすることは許し難い無作法な振る舞い」となるからである。同じくイギリスの人類学者であるエヴァンス・プリチャーズ(1902〜1973)は、性についての調査、ならびに調査結果を公表することの困難さや性研究を公表してこなかった反省、苦悩を表している。「アフリカ社会における研究は体系とか構造の中に埋没した、血と肉の通わない人間の姿しかない」と反省し、スーダンのアザンテ族の調査を始めてから40年以上を経てようやく、男女それぞれの同性愛に関する調査時のノート「アザンテの性的倒錯」(1973)と夫婦の性生活についての部分をまとめた「アザンテの性習慣についてのノート」(1973)を発表した。

アメリカの人類学において性研究に着手し、後のジェンダー研究、フェミニズム研究に極めて有意義な示唆を与えた女流人類学者としてM・ミードが上げられる。ミードは性行動そのものを調査対象としたのではなく、男女両性の生活や行動様式に反映される文化および気質の違いに関心を持ち続けた。「男性と女性」(1949)はその集大成であり、自ら現地調査した南太平洋の7つの社会における男女両性の役割とアメリカ社会を比較研究し、近代社会の様々な問題を浮かび上がらせた。そして人間の性行動は「プライバシー」の本質にかかわることであり、当事者以外のものが見たり聞いたりすることは忌避される事柄であり、調査研究は不可能であるとしている。こうしたミードの見解は当時の人類学界を代表したものであり、公式に研究対象として人間の性行動が取り上げられるのは1961年のアメリカ人類学会の研究会を待たなくてはならない。性行動の研究をタブー視し、民族誌から排除するという調査研究の手法に対する批判がようやく芽生えたのである。1965年に開催されたシンポジウムでは、性に関する調査がプライバシーの侵害になるなら、親族関係、宗教的実践、秘儀的知識について調査することだって同じではないかと問題提起された。さらに人類学者同士が調査地の性に関する話題を頻繁に口にしているのにもかかわらず、民族誌や研究論文といった公の場では性に関してまったく関心がないかのように「紳士ぶる」態度を強い表現で糾弾した。このシンポジウムは「人間の性行動−民族誌的連続性と変異」という報告書にまとめられ、これまでの性行動の研究を行ってきた人類学者の成果を集約し、さらなる性研究の実践を奨励している。こうした機運は1960年代以降のいわゆる性行為の社会的クーデターともいえる「性革命」の影響も見て取れる。

人間社会における性的志向性について、性的活動に寛容であるか、不寛容であるかで「性肯定社会」と「性否定社会」とに類型化した研究(Becker,G. 1984. The Social Reguration of Sexuality)がある。「性肯定社会」は、性的活動を推奨、助長するような価値、規範、態度を持つ社会でポリネシアのクック諸島にあるマガイヤ島が代表例としてあげられている。マガイヤ島では、性的活動を抑制することは身体的に害を及ぼすとみなしており、男性は相手を興奮させるために性器に身体(肉体)加工が施され、婚前交渉も推奨されており結婚するまでに10人以上の女性と性交渉を持つ。女性にとっては男性を配偶者に選ぶ基準はいかに強くエクスタシーに達しさせてくれてくれるかだという。また婚外交渉は公的には禁じられているが、夫が「性的義務」を果たさないのであれば夫以外の男性と性交渉を持つことも大目にみられる。一方、「性否定社会」の代表例としてメラネシアのアドミラル諸島のマヌス島が上げらている。マヌスでは性的事象すべてが恥と罪の文脈で解釈され、生殖を目的としない性交は不幸や病気や死といった超自然的な制裁を受けると信じられている。性に関する禁止事項はおびただしく、すべての前戯は禁止され、夫は妻の胸に触れることも禁止されている。また日常生活において夫婦が一緒に食事を取ること、接触して寝ること、さらに連れ立って歩くことも忌避される。また「性肯定社会」と「性否定社会」の中間形態として「性中立社会」(または「性無関心社会」)とし、性的活動を社会的に推進する態度と同時に性的活動を抑圧する働きとを併存して持つ社会を「性両義的社会」としている。「性中立社会」の事例としては極めて稀としながらウガンダのイク族を、「性両義的社会」の例としては、性に対して解放を進める「性革命」を推し進めながらも、性に対して保守的、抑圧的な勢力が併存する現代アメリカ社会をあげている。

2015-02-21 22.58.41      「未開人の性生活」(マリノフスキー 著  新泉社)

性の文化人類学(1)− 有史以来の謎としての性 −

大学時代の専攻は文化人類学だった。卒論のタイトルは「権力による性道徳の形成と人間の本質」。世界中には多様な民族、宗教、文化が存在するが、人類には普遍的な特性もある。食べること、寝ること、排出すること、喧嘩すること、セックスをすることなどなど。

しかし性の問題はデリケートであり、文化人類学や民俗学でも研究対象として取り上げられることは稀であった。私が在学中は日本語のテキストもほとんど無かった。 長年日本では「天皇制」と「性」は研究テーマとしてタブーとされてきた。しかし、「性」に関する認識の違いを相対的に考察していくことは文化人類学のテーマとして格好のテーマであると確信しています。 私の卒論は、学術的は評価はともかく、読み物として面白かったと評判だったので何回かに分けて私の卒論からトピックス的に紹介していきます。民族、宗教、文化、価値観の違いによる「溝」が絶望的に思える近頃の世相だからこそ、人間の多様性の中に普遍的な共通項や調和の鍵を見出してみたいという希望をこめて

人間がどのように「非存在」から「存在」へ移行するのか、またそうした現象をどのように認識し、秩序だてていけばいいのかは、洋の東西を問わず有史以来の謎であった。歴史の縁にいる我々もこうした謎に対して宗教的にも、哲学的にも、科学的にも暫定的な解答をそれぞれの時代、文化、文明の枠の中で与えているのに過ぎない。 「性」は様々な領域の問題に直結される。神聖な生命誕生のプロセスは宗教、神話の存在基盤に重大な意味を与え、倫理、道徳をはじめ、婚姻形態、法体系までをも形成する。神聖なものとしての「性」は、快楽としての「性」と表裏一体であり、生殖にいたらない性行為、同性愛、自慰、避妊、獣姦などは時代、文化、価値体系により激しく弾圧の対象となっていたこともある。また性交は肉体同士の密着した行為なために、世界中で問題となっているエイズのような感染症も避けられない問題として付随してくる。

「性」という日本の言葉は明確さに著しく欠ける。この「性」は、中国における「性善説」などに見られるように「生まれつき持っている心の働きの特徴」(「学研漢和大辞典」 藤堂明保 編)という意味を受け継いでおり、ラテン語の「割る」という意味のSEXUSを語源とする英語のSEXとこの「性」との完全なる一致を求めるのは土台無理がある。英語には使用する人と文脈により一様ではないが、少なくとも「セックス」、「ジェンダー」、「セクシュアリティ」と三語あるのに比べ、いずれも日本語では「性」という用語でしか表現できない。この三語を際立たせてみると「セックス」は「男女の区別のもとになる生殖器の構造および機能の差異と生理的差異の総称」でありいわば生物学的カテゴリーといえる。「ジェンダー」はもともと文法的意味合いにのみ使われていたが、1960年代後半頃から男らしさ、女らしさのように文化的、社会的に求められ、作られた男女性差による役割や地位、行動形式のカテゴリーを示してきた。「セクシュアリティ」は一番古い例として1800年の例文(OED)を上げていて植物、昆虫、動物の生態における有性生殖についてのみの狭義に使われていた。これが現在使われているような「性的能力を有すること、性的感情を持ち得ること」という意味、用法に近づいてくる例として1879年の医学書が紹介されている。こうして歴史を通じて性的活動、経験によるなんらかの概念が生じ、新しい意識が芽生え、一連の用語が形成されきたことは興味深い。

 

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2015-02-18 22.28.52         「性と出会う」(松園万亀雄 責任編集  講談社)